伊福部昭の“歌”を己の魂を乗せる

■伊福部昭の“歌”を己の魂を乗せる■  小林



 伊福部昭(19142006)は作曲家、音楽家であるとともに優れた文学者の側面も持っていた。文学といっても小説、戯曲、随筆などの執筆を指しているわけではない。“言語表現による芸術作品”に携わる者という広義的な意味合いである。伊福部は生涯を通して管弦楽曲、協奏曲、室内楽曲、器楽曲、声楽曲、舞踊音楽、映画音楽、あまたのジャンルにわたる音楽作品の創作に従事してきた。作曲家・音楽家なのだから音楽そのものが文学、言語でもある。そうした観点から伊福部の足跡を顧みてみると、声楽曲(歌曲)は彼の文学者としての一面を強く意識させる。言語・言葉からつむがれる詩、歌詞があるからこそ声楽曲の小宇宙が築かれる。歌詞と音楽が絡み合い、嚙み合うからこそ声楽曲は生まれる。伊福部は自身の音の意匠と言語・言葉から編まれた歌詞の結合をひとつの着地点に据え、創作にあたってきた。楽器が導き出す響きと歌唱者の声が渾然となる境地を目指してきた。

 

 本演奏会「室内合唱団 日本合唱協会 12回定期『伊福部昭個展』」(指揮:和田薫)は、まずは伊福部の直弟子であり、現在は現代音楽・映像音楽分野の第一線で幅広く活動する傍ら、師の音楽遺産の伝承に尽力し続ける和田薫作曲の『谷神不死』(委嘱初演)で幕が開く。「伊福部昭十年祭へ寄せる無伴奏合唱曲」と副題にあるように、和田が伊福部昭歿後10年、“伊福部昭十年祭”に祝意と謝意を込めて書き下ろした無伴奏声楽曲だ。本演奏会にあたっての奉納演奏の性格も持つ。伊福部が幼少の頃から父・利三に教え込まれた『老子』の「第六章 谷神不死、是謂玄牝、玄牝之門、是謂天地根、綿綿若在、用之不動、」を主題に採る。口語訳は「谷神は死せず、是れを玄牝と謂う。玄牝の門、是れを天地の根と謂う。綿綿として存する若し。之を用売れども勤きず」。意訳は「谷の神は決して死なない。それは神秘な牝(ひん)と名づけられる。神秘な牝の入り口、そこが天と地の(動きの)根源である。それはほそぼそとつづいて、いつまでも残り、そこから(好きなだけ)汲み出しても、決して尽きはてることはない」(小川環樹訳注『老子』/中公文庫より)。老子のこの思想をなにゆえ和田は声楽曲に仕立てて伊福部に献上するのか。そこに和田の師への尊信の念が込められているのであろうし、師弟の強靭な結びつきもまた浮き上がってこよう。

 

 第1部は『北海道讃歌』(1961)、合唱版『知床半島の漁夫の歌』(1966)、同曲と同じくピアノリダクション版による『合唱頌詩「オホーツクの海」』(1958)が奏される。ピアノ伴奏は藤井真理。北海道讃歌制定委員会の委嘱作『北海道讃歌』は「道民がこぞって歌う北海道の歌」歌詞募集で最優秀章に選ばれた詩人・森みつの詩、『知床半島の漁夫の歌』(伊福部の最後の愛弟子と称される堀井友徳のピアノリダクション版による)、『合唱頌詩「オホーツクの海」』は北海道の詩人でアイヌ文化研究者として著名な伊福部の盟友・更科源蔵の詩が唄われる。

 

 北方文化、北方の少数民族の生活様式、芸能、伝承古謡、北海道の風土、空気感、自然観といった要素も己の土壌に引き込んで創作活動を行ってきた伊福部と更科源蔵は強固な信頼関係に結ばれていた。更科が書く詩に伊福部は心を動かされ、更科も伊福部が練り上げる響き、鳴りは己の感性に合致した。どちらも伊福部と更科が真正面から組み合うことで誕生してきた声楽曲であり、両者の濃密なる世界だ。『北海道讃歌』も伊福部は渾身の力で作曲した。北海道への讃歌ゆえにこの大地で生を受け、水・空気・自然物・景観の恩恵を一身に浴びて成長してきた者だからこその郷土愛、共感が受け手に伝わってくる。伊福部の作家性はもちろん、彼が創り上げる芸術の根幹に敷かれる美学も同様に迫ってくる。

 

 第2部は「全開発の歌」から始まる。耳慣れないタイトルの歌だが、全北海道開発局職員労働組合(全北海道開発局労働組合全開発本部)に依頼されて伊福部が作曲した混声合唱曲である。作詞者は渋谷純一。ピアノ伴奏の後半部がクラスターで書かれているというきわめてハードなものだが、伊福部の譜面通りに演奏される。藤井真理のエネルギッシュな鍵盤さばきが極上のスペクタクルを呼ぶことであろう。組合から頼まれた合唱曲でもいっさい手を抜かず、つまらぬ妥協もせず、己の音楽理念に則った作風を押し進める伊福部の作家性・作家魂は、こうした忘れ去られた、埋もれた作品からも存分に滲み出てくる。

 

 第2部はカラーを大きく変え、映画音楽(視覚付随音楽)からの楽曲が奏でられる。エレクトーン伴奏は竹蓋彩花。201657日に開催されたスリーシェルズ主催「伊福部昭百年紀4〜十年祭に寄せて〜」(渋谷区立総合センター大和田 伝承ホール)でホール初演された『セロ弾きのゴーシュ』(人形劇映画『セロ弾きのゴーシュ』より 1953/三井藝術プロダクション)と『イワンと子馬』(影絵劇『せむしの子馬』より 1953/ジュヌ・パントル[木馬座])、さらに伊福部ファンからの絶大な支持を得る『わんぱく王子の大蛇退治』(1963/東映動画)から複数の歌曲が吟唱される。宮澤賢治の原作を人形劇団プークが操り人形劇映画に仕立てた『セロ弾きのゴーシュ』、影絵作家・藤城清治による本格的影絵劇の第一作である『イワンと子馬』(『せむしの子馬』)、日本神話を題材に採って芹川有吾が演出した長編アニメーション映画『わんぱく王子の大蛇退治』、いずれも年少者を対象とした作品であることから、わかりやすく、耳に付着しやすく、観る者の感情を正攻法に刺激し、躍動感を駆り立て、楽曲の音色、響きから受け手を作品世界に入り込ませる音楽演出が基軸をなした。そのなか、伊福部はリリシズムを色濃く発して鑑賞者の情感を思いきり揺り動かす歌曲も処々に配置した。要所で現れる歌の効果でこれら3作品は伊福部の音楽映画(ひとつは影絵劇だが)の性格も併せ持った。心優しくリズミカル、日本情緒に富んで聴く者の琴線に深く入り込んでくる歌唱とエレクトーンの音色が聴衆をノスタルジックで甘美このうえなく、一方で胸を掻きむしるかのごとき心境に招き入れるにちがいない。

 

 伊福部の声楽曲はときに鎮魂、憐憫、慟哭、怨念、慰藉、祈禱といった因子を人声に託して訴えてくる。巨大なものに力なき者が立ち向かい、対峙し、やがては屈していく声なき叫びも人声が表現する。「楽器で表現できないものを人声に託す」「人間の声は、画面には出ない精神的なもの、感動を呼ぶことができる」といったことを伊福部は述べていた。そうした生と死を主題に扱う歌曲が次に奏される。巨匠・稲垣浩が監督した東宝超大作時代劇映画『忠臣蔵 花の巻・雪の巻』(1962)、大映京都の名匠・田中徳三監督の傑作『鯨神』(同)、伊福部が「大輔先生」とも呼んだ伊藤大輔監督が東映京都で撮った『反逆児』(1965)、いずれもメインタイトルが歌唱される。浅野内匠頭の辞世の句「風誘う 花よりもなお 我はまた 春の名残を いかにとやせん」を吟ずる『忠臣蔵 花の巻・雪の巻』、海神の化身、悪魔の鯨と漁民から恐れられる鯨神を畏怖の対象として唄う『鯨神』、徳川家康の嫡子で無念の最期を迎える松平信康(三郎信康)の死の思想「死のうは一定」を重厚に、トラジカルに表す『反逆児』、以上3作品は伊福部の楽譜を忠実に再現する。『鯨神』は映画ではカットされた部分も含むフル・バージョン版となる。

 

 伊福部と盟友といえる間柄だった関川秀雄の監督作『ひろしま』(1953/日教組プロダクション)は、20分強にわたる原爆惨禍の生き地獄、阿鼻叫喚シークエンスの後半、地の底から湧いてくるかのように現れた混声ヴォカリーズが唄われる。伊福部の合唱曲が人類の愚行を嘆き、破滅に追いやられた民衆の慟哭を代弁し、慰藉を捧げる。だからといって伊福部は鎮魂に終始はしない。長大なレクイエムの奥底から滲出してくる人間の息遣い、それでも生に向かって歩んでいこうとする者への賛歌にもやがては聞こえてくるのだ。

 

 本演奏会はいわゆる「特撮映画組曲」で終幕を迎える。伊福部が音楽を担当した、本多猪四郎監督、円谷英二特技監督による東宝SF特撮怪獣映画から声楽を採り入れた楽曲で構成される。「伊福部昭百年紀コンサート」Vol1~Vol3で使用したスコアより編集されている。『ゴジラ』(1954)メインタイトル〜『大怪獣バラン』(1958)〜『海底軍艦』(1963)ムウの祈り〜『モスラ対ゴジラ』(1964)メインタイトル〜マハラ・モスラ〜聖なる泉〜『キングコング対ゴジラ』(1962)メインタイトル〜眠れる魔神〜メインタイトル〜『ゴジラ』エンディング、という進行が採られる。

 

 本組曲の編曲も担当した竹蓋彩花のエレクトーンでゴジラの足音が表現され、『ゴジラ』メインタイトルが前奏曲として演奏される。続いて東宝マークからメインタイトル、クレジットタイトルへと『大怪獣バラン』の“婆羅陀魏山神”祈禱歌が歌唱される。荒神に敬虔なる祈りを捧げる、土着風味濃厚な宗教音楽だ。曲は途切れることなく女声による母音歌唱に移り、そのまま『海底軍艦』の重要モチーフをつとめた「ムウの祈り」のアルトソロにつながっていく。ムウ帝国皇帝を崇め、ムウの栄華を謳い、守護神マンダを讃える歌曲だが、やがては滅亡を迎えるのであろう少数民族の悲哀もそこはかとなく感じさせる。次にゴジラの本来の主題であるモチーフがエレクトーンで奏でられる。『モスラ対ゴジラ』のメインタイトルが間奏曲として現れ、モスラの主題が提示されたのちに土俗的エネルギーをほとばしらせる「マハラ・モスラ」が奏される。そしてソリストが「聖なる泉」、モスラに捧げる賛美歌を静謐に、詩情豊かに唄い上げる。伊福部が映画に与えた歌曲のなかで最も人気を集めるものだ。

 

 狂熱的なアジア風ダイナミズムがその空気を一転させる。『キングコング対ゴジラ』のメインタイトル、南海のファロ島の“巨大なる魔神”キングコングに囚われたヒロインを救出するために主人公たちがファロ島島民たちのコングを鎮める祈禱曲を用いるシークエンスで鳴る合唱曲、再びメインタイトルが主張を発し、壮大なキングコング賛歌を形成する。一方で神と人の狭間に位置するものの存在にも意識を向かわせる。原始的音楽様式美とも形容できる響きの粗暴なまでのうごめきとほとばしりは北方民族の伝承古謡に取材した声楽曲との絶妙な接点も覗かせる。女声が『ゴジラ』よりの「平和への祈り」を唄って本組曲が落ち着く先を示し、やがて終曲に至っていく。「平和への祈り」は現代に生きる私たちに真摯なメッセージを送り続ける。音楽の力はたかが数10年の短いスパンでは微動だにしない。それをあらためて実感させる。

 

 

 声楽曲は詩、言葉、言語、音の鳴りが渾然一体化して迫ってくる。創り手の境地に想いをおよばせることでその真価がより明確に達してくる。作者の内から湧き出てきた言葉を受け止め、作曲者自身が具体的な形で己の美観、美学をも差し出してくるのが声楽曲と解釈できる。伊福部が言葉を操って成立させた、歌をともなう音楽作品が本演奏会で堪能できる。直弟子・和田薫のタクトさばきのもと、伊福部昭の“歌”の世界に心ゆくまで己の魂を乗せたい。


小林 淳(こばやし あつし)

 

1958(昭和33)年、東京生まれ。映画・映画音楽評論家。

幼少時より東宝怪獣映画、SF特撮映画を中心に映画に親しみ、その過程で伊福部昭の映画音楽に多大な影響を受ける。以降、映画音楽分野にも注目しながら日本映画、外国映画に接していく。1990年代初期より文筆・評論活動を開始し、「キネマ旬報」誌や東宝のムックなどで伊福部昭のインタビューを数多く担当する。その成果の一端として1998年に初の著書『伊福部昭の映画音楽』(ワイズ出版)を上梓。その後も書籍を中心に映画、映画音楽に関連する文筆・評論活動を行っている。

 

【著書】

『伊福部昭の映画音楽』(1998:ワイズ出版)/『日本映画音楽の巨星たち Ⅰ』[早坂文雄、佐藤勝、武満徹、古関裕而](2001:同)/『日本映画音楽の巨星たち Ⅱ』[伊福部昭、芥川也寸志、黛敏郎](同)/『日本映画音楽の巨星たち Ⅲ』[木下忠司、團伊玖磨、林光](2002:同)/『伊福部昭 音楽と映像の交響』上・下(2004、2005:同)/『佐藤勝 銀幕の交響楽シンフォニー』(2007:同)/『ゴジラの音楽――伊福部昭、佐藤勝、宮内國郎、眞鍋理一郎の響きとその時代』(2010:作品社)/『伊福部昭と戦後日本映画』(2014:アルファベータブックス)/『本多猪四郎の映画史』(2015:同)/『岡本喜八の全映画』(同)

 

【編著】

『伊福部昭綴る──伊福部昭 論文・随筆集──』(2013:ワイズ出版)/『伊福部昭語る──伊福部昭 映画音楽回顧録──』(2014:同)/『伊福部昭綴るⅡ──伊福部昭 論文・随筆集──』(2016:同)

【主な執筆参加書】

『サウンドトラックGold Mine』(音楽出版社)/『サウンド派映画の聴き方』(フィルムアート社)/『ニッポン歌謡映画デラックス 唄えば天国』上・下(メディア・ファクトリー)/『フィルムメーカーズ/ジェームズ・キャメロン』(キネマ旬報社)/『フィルムメーカーズ/コーエン兄弟』(同)/『武満徹全集』(小学館)/『映画遺産・オールタイム・ベストテン―映画音楽篇』(キネマ旬報社)等